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『花はどこへいった』から3年——坂田雅子監督 最新作 沈黙の春を生きて Living the Silent Spring ベトナム、アメリカ——いまだ癒えぬ枯葉剤の傷痕

物語

第9回文化庁映画賞・文化記録映画部門優秀賞を受賞しました!!

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毎年、 優れたドキュメンタリー作品に贈られる、文化庁映画賞・文化記録映画部門の優秀賞に『沈黙の春を生きて』が選ばれました!
文化庁映画週間[10月20日(土)~27日(土)]において贈呈式と受賞記念上映会が開催されます。

☆『沈黙の春を生きて』上映情報
[日時] 11月27日(土) 14:10~ (開場 13:50~)
※上映後、監督によるティーチイン有り
[会場] シネマート六本木 スクリーン1 TEL.03-5413-7711
港区六本木3丁目8-15


※記念上映会に参加するには事前のお申し込みが必要となります。
参加ご希望の方は「文化庁映画週間」の公式サイトからお手続きください。

文化庁映画週間
http://bunka-cho-filmweek.jp/

フランスのヴァレンシエンヌ映画祭にて批評家賞、観客賞をダブル 受賞しました!

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2012年4月にフランスのヴァレンシエンヌで行われました映画祭「Festival 2 Cinema Valenciennes」にて『沈黙の春を生きて』がドキュメンタリーのコンペティション部門の批評家賞 、観客賞の2つの賞を受賞しました!
また2月にパリ国際環境映画祭にて上映され、それぞれの映画祭に坂田監督が参加しました。

Prix du Critique(批評家賞)、Prix du Public(観客賞)それぞれの賞状です。

3月7日(水)
アース・ビジョン 第20回地球環境映像祭にて「子どもアース・ビジョン賞」を受賞しました!

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1992年にアジアで最初の国際環境映像祭として始まったアース・ビジョン 地球環境映像祭に『沈黙の春を生きて』が子どもアース・ビジョン賞を受賞しました。
映像祭での上映は2012年3月18日に新宿区四谷にて行われます。是非お越 しください。

詳細はこちらから
http://www.earth-vision.jp/14-03mainfestival-j.htm

2月6日(月)
日本映画ペンクラブ選出 文化映画部門2011年度ベストワンを頂きました!

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日本映画ペンクラブによって選出される年間ベスト5の文化映画部門で「沈黙の春を生きて」がベストワンを頂きました!ありがとうございます。

詳細はこちらから
http://j-fpc.com/pc_top.php

10月19日(水)
野中章弘さん(ジャーナリスト、アジアプレス・インターナショナル代表)と坂田雅子監督による対談を行いました!

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長年の友人であるおふたりはジャーナリズムについて、ベトナムの人々との出会いで感じられたことを語られました。

坂田監督(以下、S)>野中さんはプロデューサーでそしてジャーナリストであって、早稲田大学、立教大学でも教鞭をとっていらっしゃる、私の長年の友人です。不思議な縁で1970年代後半に私が写真通信社に勤めていた頃に、アルバイトで、写真整理などで入られて1年半か2年仕事をなさって、そのあとカメラを抱えて、ふらりと東南アジアへ出て行ってしまって。それから、どうしたのかなあ・・・と思っていると、だんだんいろいろジャーナリズムで彼の作品を見るようになりまして、気がついたらアジアプレス・インターナショナルと言うれっきとしたジャーナリストのグループの代表になっていらした方です。

野中さん(以下、N)>僕は大学を卒業したのが1977年なんですね。77年にジャーナリストになろうと思って関西から出てきたんですが、最初からフリーランスになろうと思ったんです。なぜかと言うと、1975年にベトナム戦争が終わったんですね。ベトナム戦争の経験がとても大きかったですね。あの頃はまず自分のジャーナリストとしての第一歩をベトナムで踏み出したい、と思っている人がたくさんいたんです。それでずっと、日本人のカメラマン、記者たちの写真や記事を見ながら、やっぱり自分はこういう風な歴史の出来事を見ながら、記録する人間になりたいと思ったんですね。そのためには、もうフリーランスという立場を選びとらなければ、普通の新聞やテレビに入ったのでは遅すぎます。アジアの激動の現場に行って、自分の目で目撃をして、自分で醍醐味を味わいたいなあ、というふうに思っていた。

S>大学で若い人たち相手に教えていらっしゃるわけですけれども、今の若い人たちをどう見られていますか?

N>日本にいる時はほとんどの時間は学生と話をします。学生は未来の話しかしないわけですよね。後ろ向きの話はしない。みんなからは「ああ、野中さん学生に期待してるんですね」と言われるんですけど、「イヤ全然期待してません」と。(会場笑い)うーん、この学生たちには未来があるかなって、思うわけです。でもそれは学生たちの責任じゃなくて、我々大人の責任なんです。明らかにそうです。彼らはそういう教育を受けてきてないんです。戦争のことも、社会のことも知らない。今の学生たちはバブルがはじけて、日本の社会がズーと下降線を辿る、そういった時に小・中・高校、で、大学に行って就職となると超氷河期を越えるような、厳しい就職戦線です。今年は東日本大震災もあってあまりいい話を聞いたことがない訳です。だから、気持ちがすごく萎縮してる。僕がフリーランスになる時は、心理的には何の抵抗もなかった。でも今の学生は、もの凄く将来に対して不安を抱えているんですね。だから、なんとか、そういう不安を少しでもね軽減してやりたいなという風に思っているんですけどね。

S>そういう学生さんたちと一緒にベトナムに行って、枯葉剤の被害者たちに会ってらしたんですよね。

N> 9月の最初に学生を連れて、ベトナム・カンボジア・タイに行ったんですね。ベトナムで最初に行ったのはツーズー病院です。あそこはベトちゃんドクちゃんということで有名ですけども、ドクさんが案内をしてくれたんです。病棟で学生たちと子どもたちとがふれ合う時間を作ったんですが後で話を聞いてみると、やっぱり学生たちは戸惑うわけですね。障害を持った人たちとふれ合ったことがなく、どうゆう風にふれ合ったらいいか解らない。ただ、彼らの手を握ると、グッと握り返すんですね。言葉はしゃべれないし、子どもが自分たちの状況をどう考えているのかってことは、多分解らないだろうし、我々が日本人だという事も解らないかもしれない。少し年をとった子、まだ10代ですけどね、目を見ているとやっぱりその子どもも抱いて欲しいなあっていう風な目をしている。坂田さんの映画の中に出てくる子どもが何人かいたわけですけども、意思疎通が出来ない。でも手を握ると、グッと握り返す。そういうことを求めているんだなあっていうことが解って、本当に命がそこにあるっていうのを感じました。ある学生はグゥーと手を握ってくるその子どもの顔を正面から見るとすごく怖くなって、手を離してしまったということを話しました。やっぱり、そういう戸惑いというか、とても大切な経験だったと思うんですね。

S>それはまさに私が初めてベトナムへ行って、被害者の子どもたちに出会ったときに感じたのと同じですね。映画の中でもご覧頂いたように頭がふたつある男の子、もう本当にお母さんも言うように怪物みたいな子なんだけれども、やっぱりその中に、何か本当に命の源みたいなものを感じ、それによって私は元気にさせられて来たことがあるんですね。

N>僕らはそういう子どもたちをかわいそうだと思って、被害者だと思っている。だけどそこで逆転があったんですよ。彼らの世界はとても狭い、学生たちは世界どこでも行き、いろんなものを見ていろんな事を楽しんでいる。でもひょっとしたら彼らの生きるという、命の輝きという点では東京にいる我々よりも輝いている命を持っているかも知れない。単純に被害者とか弱者とか、というものではない。握り返してきた手の中に、そういう強さがあったっていう風に僕は感じたんですね。内面的な世界は我々の方が疲れ切っていて貧しいかも知れないという風に。

S>そうでうね、私も昨日福島の20キロ圏内や、飯舘村から帰ってきたんですけれども、本当に放射能の被害に遭ってる人たちの窮状を見て、彼らは本当このことで命の根源、在り方と向き合わざるを得ない。いろんな面で私たちは命の在り方を考えて行かなくてはならないという局面にいるのではないかと思いますね。

10月12日(水)
纐纈あやさん(映画『祝の島』監督)と坂田雅子監督による対談を行いました!

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「新米」(坂田監督談)ドキュメンタリー映画監督のお二人。
手がけたテーマは異なりますが、お互いの作品から感じた多くの共通点についてお話し頂きました。

坂田監督(以下、S)>纐纈さんの『祝の島』と私の『沈黙の春を生きて』はアプローチの仕方が非常に違うんですけれども、でも、そこから共通なものが見えてくることもあると思うんです。纐纈さんはどうお感じになりましたか?

纐纈さん(以下、H)>私自身、最初に拝見した時には映像に映し出されるものを受け止めるのに精一杯で、映画を観ている間中、ずっと叫びたいような、発狂したいような、そんな気持ちだったんですね。だから何かを考えるというよりも、スクリーンに映し出された人たちのそれぞれの人生を感じるだけでいっぱいいっぱいだったんですけど、この間、2度目を拝見させて頂いて、色々冷静になって見ることが出来ました。その中でとても印象的だったのがインタビューだったんですね。それぞれの方々の言葉がとっても力強くて、落ち着いていて、昇華された怒りっていうことを、特にアメリカ人女性のインタビューで感じました。私自身も祝島の方達にインタビューした時にすごく思ったのは、皆さんそれぞれ自分の言葉を持っているってことなんです。問題と向き合い、自分にとってその問題は何なのかっていうことをずっと繰り返し、問いかけている。祝島でいえば「お前は原発に推進なのか?反対なのか?」24時間、29年間ずっと突きつけられてきて、そのことに対して自分はどう思うのかって散々考え続けてきた方達にはほんとに力強い言葉がある、と感じました。この映画に出てくる方達のインタビューからも同じ印象を受けたんです。
それと、今回の映画のパンフレットにも書かれてましたけれども、アメリカの家族の方、ベトナムの家族の方、簡単に「被害者、加害者」という構図ではなくて、映画を見ているとみな同じ被害を受けた人だということがくっきりと見えてくる。加害者、被害者ではなくて、権力を持っている人とそうでない人たちっていうことが。

S>『花はどこへいった』も今回の映画もそうなんですけれど、上映を通じて皆さんの意見を聞いていると、時折「アメリカは悪い、ベトナムは本当に被害者だ」っていう、「アメリカ人は全て悪い」という考え方をお持ちの方もいるんですけれども、私はアメリカ人も被害者だと思うんですね。やはり、どこの国とどこの国が対立しているっていう時代ではもうなくて、グローバライゼーションの中で、権力のある人、お金のある人、勢力を握っている人たちがそうでない市民をコントロールしているっていう図式に目を開けていかなければならないと思うんです。それは原子力発電についても同じことが言えるのではないですか?

H>本当にそうですね。とかく原発誘致や公共事業の話が町に来ると、反対派、推進派に分かれてそれぞれが対立しているということばかりがクローズアップされますけど、反対も推進も、それぞれの立場とか、色んな関係性があって、どちらかの立場を取らざるを得ないのであって、でもその人たちはみんな一緒なんです。島の人たちは推進派と反対派にわかれて心がズタズタになっているんですけれども、そのズタズタにされたっていうことはみんな同じです。推進か反対かということももちろん重要ではありますが、でもそれ以上に力を持っている人とそこに巻き込まれてしまう市民ということについて、私はより怒りを感じています。抗議行動の現場に行くと祝島の人や反対運動している人と、例えば中国電力の担当者や警備員がいて、それが向き合って小競り合いをしている。でもそこにいる人たちみんな一緒なんですよ。それを動かす力を持っていない人たちが現場で向き合わされている。決定権を持つ人は誰も現場には来ない。

S>そういう力を持って、デモの現場には現れない人たちが今度の原発事故の原因でもあるわけですよね。原発事故に限らず、問題は山積しているんですけれども、こういう困難な日本、そして世界の状況を前にして、纐纈さんのような若い世代はこれからどういう風に生きていこうと思いますか?

H>私が思っていることは、大切なものは大切だと常に意識して生きていくこと。絶対そこに妥協があってはいけない。私が思う大切なものっていうのはやっぱり命のこと。命を大切にするっていう、ほんとにごくごく基本の当たり前のこと。それが当たり前じゃなくなっている大きな流れがあって、今こういう状況が起きているんだと思うんです。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」に「別れ道」っていう最終章があるのですが、いま私はこの福島の事故が起きて、ほんとにここが最後の別れ道なんじゃないか、ここで変えていかなければどうしようもないことになるんじゃないか、と思っています。だから、そのためにできることは何だろうって常に考えているし、映像ということに関して言えば、そこに映し出されたものを見る人たちと共有していく、いろんな思いや状況や問題を共有していく、そういうところで横に繋がっていけたらいいなと思っています。

S>私も先祖代々から私たちに至り、私たちから未来に至る、その時間的な繋がりと空間的な、例えばこういう映画やトークを通しての皆さんとの繋がり、そういう繋がりが今一番大切なことだと思っています。

10月5日(水)
フォトジャーナリストの中村梧郎さんと坂田監督による対談を行いました!

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中村さんは1970年からベトナム戦争を撮り続け、35年にわたって枯葉剤問題に取り組まれていらっしゃいます。
今回ベトナムについてだけでなく、日本におけるダイオキシン汚染の現状などもお話し頂きました。

坂田(以下、S)>中村さんは枯葉剤といつ、どういうきっかけで出会われたのですか?

中村(以下、N)>最初に枯葉剤が撒かれて、植物などが全て姿を消したというのを知ったのは、1974年に訪れたクアンチ省ヴィンリン地区ですね。一木一草もなく、しかも爆弾だらけっていう場所で、村の人たちがみんな地下で暮らしていた時代です。その後、1976年に南ベトナムを縦断してカマウ岬のジャングルまで入った時に、そこが全て枯れ木の原になっていました。そこの村の助産師さんに話を聞いたら「この地域じゃ子どもなんて生まれない。どんどん流産、死産で、生まれた子どもには色々とハンディがある」と。助産師さんは他の地域から来た人なんですけれども「他ではこんなことはなかった、ここはすごい」という話を聞いて「これは薬害もすごいことで、広島並の被害が出るな」と直感し、それから毎年のようにベトナムに通い始めました。

S>日本では70年代の後半に枯葉剤について聞くことはほとんどなかったですが、ベトナムの政府はその頃には枯葉剤のことを認識していたのですか?

N>ベトナムの政府レベルでは知っている人はもちろんいましたけれども、ベトナム国内では一般向け報道はなかったですね。日本でも70年代にはほとんど知られていなくて、「ダイオキシン」という言葉が日本で知られたのは80年代に入ってからです。ただアメリカやヨーロッパでは1976年にセベソの事故(イタリア・ミラノの北にあるセベソの農薬工場で発生した爆発事故。爆発により周辺地域にダイオキシンが飛散し、高汚染地区は居住禁止、強制疎開などの措置が取られた)があったりしたので、ダイオキシンの危険はよく知られていたんです。有機塩素系のものを燃やすとダイオキシンになるというメカニズムはその時にも明らかにされました。例えば、日本でもいま平然とゴミ焼却をやっていますが、プラスティック、特に塩化ビニール、これは重量比でいうと6割が塩素なんです。それを一緒に燃やすとダイオキシンが出るんです。高温焼却でも塩素が消えてしまうわけではない。冷えると再合成が起こる。「出ない」と国は言ってますが、出ています。

S>私もゴミを出す際にプラスティックを燃えるゴミに入れて良いのかな、と思いつつ、他に方法もなくやっているんですけれども。日常の中で私たちもその罪に荷担しているっていうことはありますよね。

N>責任があるのは厚生省ですね。厚生省が燃やしていいという指導をし、ダイオキシンは大して人体に影響がない、みたいなことを学者を使って宣伝し始めている。日本はそういう態度ですが、アメリカやヨーロッパでそんなこと言ったら、あきれられてしまいます。例えばドイツなんかは国中合わせても43本くらいしか焼却炉がないんです。ところが日本は1400本あるんですよね。それが日夜稼働していますから、<放射能大国>兼<ダイオキシン大国>という世界1の恥ずかしい事態ですね。

S>レイチェル・カーソンも映画の中で言ってますけれども、化学物質と放射能は不吉な物質だという点では共通点を持っているわけですね。

N>人体被害の状況が非常によく似ているんです。ダイオキシンも放射線障害も発がん性が国際的にも認められていますし、それから遺伝子への損傷作用があって、次の世代、次の次の世代へも影響が繋がってしまうというのは疫学的にはベトナムの状態から見えてきていますし、アメリカでもそれが確認されている。そうした犠牲者の一人がこの映画にも出てきたヘザー・バウザーさんだと思います。

S>『沈黙の春を生きて』の撮影を通してヘザーと一緒にベトナムに行った時、戦争証跡博物館に中村さんの枯葉剤の写真を展示しているセクションがあって、そこに足を踏み入れた彼女がジェニファーという片腕がなく生まれてきた女の子の写真の前に釘付けになって涙を流しているんですね。それがきっかけでヘザーはアメリカに帰ってからジェニファーと会うことになって、それがまたきっかけとなり、アメリカの被害者同士が結びつくという運動が広がりつつあります。

N>すばらしい話ですね。ジェニファーやヘザー達のようにお父さんがベトナム帰還兵で子どもに異常が出たっていう人たちに対する調査も補償もアメリカは不十分にしかやっていないんですね。脊椎二分症などの先天的な障害を持って生まれてきた子どもに対する補償はあるけれども、それ以外はなかなか認めようとしていない。その人達が団結してアメリカ政府と闘うきっかけが生まれるとなるとそれは嬉しい話だと思いますね。なるべく枯葉剤の問題がどこかで消えてしまわないように、行動を続けて行くことが大切だと思います。

9月28日(水)
上遠恵子さん(レイチェル・カーソン日本協会会長)と坂田雅子監督による対談を行いました!

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対談は坂田監督による「明日のための寓話」の朗読から始まり、レイチェル・カーソンの魅力と現代におけるその重要性についてお話し頂きました。

坂田監督(以下、S)>続編を作るにあたって、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」というテーマを何とか使いたかったので、枯葉剤と彼女がどういう風に結びついているかを知りたいと思ったんですが、製作時にはその関連性を示す発言や資料を見つけることは出来なかったんです。けれども今回、上遠さんから生前に彼女が枯葉剤について言及していたと伺ったんです。

上遠さん(以下、K)>私も枯葉剤の問題をレイチェルが生きていたら何て言うだろう、どう思っていたのか知りたいと思いつつ、手がかりがなかったんですけれども、1998年頃に朝日新聞が「100人の20世紀」という特集を組みまして、私も取材に同行したんです。執筆当時の話はレイチェルの秘書を務めていたジーン・デイビスに聞くしかないということで彼女を訪ねました。その時に「エージェント・オレンジについてレイチェルは反対だと言ってたのよ」と彼女が言いました。私はそれまで、日本で枯葉剤の問題が大きくなり、様々な形で取り上げられた時、レイチェルはもう亡くなっていましたから、知らなかったのではないかと思っていたんです。けれども1961~2年の頃にもう「エージェント・オレンジ」を話題にして、彼女が「実にけしからん、そういうことをするべきではない」とはっきり言っていたんですね。

S>1961~2年に枯葉剤について知っていたというのは、やはりさすがですね。1965年に、それまでも危険だと言われていたんですけれども、実際に枯葉剤の実験がされて、動物などに奇形が生まれることが証明されたんですね。ところが政府や化学薬品会社は1970年まで意図的にそのことを隠していたんです。それが何で分かるようになったかというと、ラルフネーダーの下で働いていた人たちが暴露をしたために、政府がそれ以上隠しきれなくなって公表し、直ぐ枯葉剤の散布をやめたという事情があったんです。だから政府の隠蔽体質っていうのは本当にいろんな問題にわたっているし、どこの国でも同じなんですね。

K>今回もこの映画を拝見していて、DDTや殺虫剤という言葉を放射能と置き換えてみても、全くレイチェルの警告が当てはまります。

S>上遠さんはパンフレットにご寄稿下さった文章の中で、レイチェル・カーソンが放射能と化学薬品の害について、その共通性にいち早く気づいていたということに触れられていますね。

K>レイチェル・カーソンが執筆活動に入った1950年代初め、アメリカは冷戦時代でしたから核兵器の大気圏内の実験を盛んにしていまして、第五福竜丸のビキニ環礁における実験で死の灰が降り注いだ。そのことについてレイチェルは「地球上には命の流れがとうとうと流れている。その中の一滴である人間が原子力という巨大な力を持ってしまったために、流れをせき止めてしまったり、あるいは方向を変えてしまう」と悩むんですね。ですから、彼女の中では死の灰と化学物質の白い粉が全く同じように、私たちの命を攻撃するものとして受け取られていたのだと思います。

S>レイチェル・カーソンは非常に精密な科学者であると同時にとても詩的な文章を書く方でもあったのですが、彼女の文書について心に残ることは?

K>「センス・オブ・ワンダー」の中で「知ることは感じることの半分も重要ではない」っていう一文があるんですね。「幼い子ども時代はその感じる感性の心の土を耕すときだ。そしてそこにやがて知識の種が撒かれたときには、それはしっかり根を張って花を咲かせる」と続くのですが、それに私は本当に共感しました。それと自然界で子どもが受けるいろんな不思議さを見つけたときの感動やなんかを、大人は一緒になって感動してあげましょう。日本人はすぐ教えたがるのですが、教えないで子どもが「きれいだね」っていったら「きれいだね。面白いね。良い匂いだね。また今度あそこに行ったらあるかな」とか一緒に子どもの心にかえるっていうことが大切ですね。レイチェルは小さいときにそういう経験をいっぱいしているんですね。それがあるから「命」というものにしっかりと軸足を置いて「沈黙の春」を書くことが出来たのだと思います。

坂田雅子監督がNHK『視点・論点』に出演します!

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坂田雅子監督がNHK番組「視点・論点」に出演し、枯葉剤の問題について語ります!
是非ご覧下さい。

☆NHK総合にて下記の日程で放送予定です☆
10月12日(水)午前4時20分~4時30分
(再放送)NHK教育にて10月12日(水)12時50分~13時00分

※放送スケジュールは変更になる場合があります。ご了承ください。

9月27日(火)
加藤登紀子さん(歌手)と坂田雅子監督による対談を行いました!!

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坂田監督の前作『花はどこへいった』から応援して下さっている加藤登紀子さん。
『沈黙の春を生きて』ではナレーションを担当して下さいました。
最新アルバム「命結~ぬちゆい」発売前日という、ご多忙を極めているところを、劇場まで応援に駆けつけて下さいました!!


9月24日(土)
岩波ホールにて坂田雅子監督による初日舞台挨拶が行われました!

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『沈黙の春を生きて』がついに公開初日を迎えました。
心地よい秋晴れ、まさにお出かけ日和、ということで沢山の方が劇場にお越し下さいました。
この日、上映前に坂田雅子監督が舞台挨拶を行いましたので、ご紹介致します。

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本日はご来場頂きありがとうございます。
皆さまの前にこうして立つと、3年前の『花はどこへいった』初日のことを思い出します。あの時、私は映画という分野では全くの素人で、初めての作品が岩波ホールで上映されることを夢のようだと思いつつ、たどたどしい挨拶をさせて頂きました。

『花はどこへいった』が出来上がって、私の中では何かひとつの区切りがついたように思い、「これからは何か他の事をしようと」考えたのですが、上映や講演を続けるうちに、再三ベトナムの被害者を訪問する機会がありました。 そして、まだ、物語は終わっていないということに気づいたのです。

私は枯葉剤の問題をもっと広い脈絡でとらえる必要を感じました。 
自分の身近から出た、等身大の問題だったのですが、それをより歴史的、政治的な視点から捉えることによって、より広範囲の観客に訴える作品を作りたかったのです。

枯葉剤について調べている中で、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』が、ケネディー大統領が枯葉剤散布を認めた1961年にほぼ書き上げられていたこと、また大統領が、この本が出版されるやいなや、アメリカでの農薬の使用を危惧し、科学者の委員会を設置したことを知りました。ところが、同時にベトナムでの枯葉剤の散布はどんどん増えていったのです。この符号に私は偶然ではないものを感じ、その理由を突き止めたいと思いました。アメリカでのマーケットを失った農薬製造会社が、アジアでの軍事的使用を思いついたのではないか、と。その証拠は見つかりませんでしたが、調べていくうちに『沈黙の春』と枯葉剤によってもたらされた環境と人間の破壊がまさにレイチェル・カーソンが50年前に予言していたものだと気づきました。

この50年の間に私たちは何を学んだのだろう。
50年前の間違いが今このような悲劇を生んでいるということは、今、私たちが気づかずにしていることで50年後の世代に大変な厄災を残すことになることがあるのではないか、ということを訴えたくて『沈黙の春を生きて』という題名にしました。

ところが映画の完成を間近にした3月11日、あの大震災がおこり、レイチェル・カーソンの警告は、より厳しい形で、今、ここにある、現実となってしまいました。

今、私たちはかつてない試練の時を迎えています。
枯葉剤、ダイオキシン、戦争だけでなく、自然,災害、原発と私たちの周りには問題が山積しています。その中で一人一人がどう生きていくのかが、これまでになく問われていると思います。

この映画はその中のほんの一部の物語かもしれません。でもそれはより大きな物語に続いていくものだと思います。

劇場イベント開催決定!!
『沈黙の春を生きて』の劇場公開を記念して、多彩なゲストをお招きしてイベントを開催いたします。

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◆9/24(土)11:30の回、上映前
坂田雅子監督による初日舞台挨拶 <イベントレポートはこちら>

◆9/27(火)11:30の回、上映後
加藤登紀子さん(歌手)×坂田監督による対談 <イベントレポートはこちら>

☆毎週水曜日の4:30の回、上映後に連続トークイベントを開催!

◆9/28(水)4:30の回、上映後
上遠恵子さん(レイチェル・カーソン日本協会会長) <イベントレポートはこちら>

◆10/5(水)4:30の回、上映後
中村梧郎さん(フォト・ジャーナリスト) <イベントレポートはこちら>

◆10/12(水)4:30の回、上映後
纐纈あやさん(映画『祝の島』監督) <イベントレポートはこちら>

◆10/19(水)4:30の回、上映後
野中章弘さん(ジャーナリスト、アジアプレス・インターナショナル代表) <イベントレポートはこちら>

※こちらのイベントは『沈黙の春を生きて』半券のご提示でどなたさまでもご覧頂けます。
ぜひご参加下さい。

あいち国際女性映画祭2011にて「観客賞」を受賞しました!

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9月7日(水)~11日(日)にかけて開催された「あいち国際女性映画祭2011」にて、『沈黙の春を生きて』が「観客賞」を受賞しました。
映画祭での坂田監督の様子などは映画祭ホームページにアップされています。

「あいち国際女性映画祭2011」ニュースページ  

お得な特別鑑賞券発売中!(岩波ホールのみ、10/20(木)まで有効)

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当日1,800円(税込)のところ1,500円(税込)にてご覧いただけます。
シグロオンラインショップ、劇場窓口、プレイガイド、ローソンチケット(Lコード:32046)、チケットぴあ(Pコード:462-975)にて発売中!

※特別鑑賞券のお申し込み受付は終了しました。  

シグロ
2011
<87分>
長編ドキュメンタリー
HDV・カラー
日本語、英語、ベトナム語
 
企画・監督:坂田雅子
製作:山上徹二郎
編集:ジャン・ユンカーマン
ナレーション:加藤登紀子
撮影:ビル・メガロス、山田武典、坂田雅子、ロバート・シーモン
整音:小川 武
音楽:グエン・タイン・トゥン、難波正司