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水俣の甘夏

被害者自らが使ってしまった農薬、
しかし「失敗の会」で再出発

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16ミリプリント貸出:30,000円

青林舎
1984
55分

製作:青林舎
監督:小池征人
企画・製作:水俣病患者家庭果樹同志会/水俣病センター相思社/青林舎
製作:米田正篤/柳田耕一
撮影:一之瀬正史
音楽:堤正雄

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甘夏ミカン作り

 水俣病は漁民の身体を蝕んだばかりでなく、海に活かされた暮らしを奪った。やむをえず陸に上がり、地元の唯一特産の甘夏ミカン作りに取り組む漁民たちがいた。1976年、わずか49世帯でスタートした「水俣病患者家庭果樹同志会」の人びとの模索を伝え、立派に実った甘夏を宣伝する目的で、この映画は企画された。

自分たちは加害者にならない

 当初は農協の指導の下、農薬や化学肥料で甘夏を作っていた。農薬は年間18回も撒布した。しかし、「水俣の被害者が自分の作り出す農作物によって、消費者に対し加害者になることは許されない」7年かけて農薬の撒布を年3回に抑えていった。
 山からとってきたクモを自分のミカン園に放す。次々と巣をはっていく様子を見て 「自然の手助けができた」と喜ぶ声があがる。樹の根を掘ってみると、無数のひげ根が張っている。テントウムシやアリ、ミミズなども戻ってきた。土が生き返ったのだ。
 しかし、予想外の事件が関係者を待っていた。農薬を直接葉や実にかけなければいいだろうと、1983年夏、6世帯が除草剤を使ってしまったのだ。
 映画の撮影は一時中断され、同志会の人たちは何回も話し合った。打つ手もなく3ヵ月が過ぎていく。ようやく秋も深まるころ、除草剤をかけた6人から「同志会の箱はそのまま借りて、自分たちのものには『失敗の会』というシールをはる。販路も独自に開拓する」と提案が出される。他のメンバーも自分たちだって同じ失敗をしたかもしれないと受け入れた。

「何でもありのままに出そう」

 映画はこのいきさつを隠しだてせずに追っている。それは「何一つ公開しなかったチッソと同じことをやれない」「何でもありのままに出そう」と結論を出したからだ。この事件は思いもかけなかった実りを映画にももたらした。