海の彼方

海の彼方
80年を超えて探し求めるアイデンティティー
石垣島から、台湾への帰郷
人生最後の里帰りの旅

監督・プロデューサー:黄インイク
共同プロデューサー:山上 徹二郎、劉蔚然
出演:玉木 玉代 ほか

製作:木林映画
共同製作:シグロ、Atom Cinema
配給・宣伝:太秦
Ⓒ 2016 Moolin Films, Ltd.

イントロダクション

1930年代 石垣島へ渡った台湾移民
台湾人とも日本人とも認められず時代に翻弄された
ある一家の3世代にわたる人生と記憶の軌跡

沖縄石垣島の台湾移民の歴史は、1930年代、日本統治時代の台湾からの農民の集団移民に始まる。その中に、玉木家の人々もいた。
台湾から最も近い「本土」だった八重山諸島(石垣島を含む10の島々)で、88歳になる玉木 玉代おばあは、100人を超す大家族に囲まれていた。そして米寿を迎えたおばあは娘や孫たちに連れられて長年の願いだった台湾への里帰りを果たす。しかし、70年の歳月がもたらした時代の変化は予想以上に大きく…。
ある台湾移民一家の3世代にわたる人生に光を当てることで、複雑な経緯を歩んできた東アジアの歴史を越え、記憶の軌跡と共に人生最後の旅を辿る。歴史に翻弄されながらも生き抜いてきた玉木家の「家族愛」にも迫り、観る者に忘れていたものを思い出させてくれる。

製作背景

沖縄県石垣島の「嵩田」と「名蔵」という二つの地区を中心に形成された台湾人村落は、日本統治時代の台湾各地から新たな希望を抱いて八重山にやって来た台湾移民が、長年の開墾とそれに伴う苦労の末に築かれた台湾人コミュニティーです。第二次大戦中、台湾への集団疎開、終戦、密入国する形で再度八重山に移り住んだ経緯があったことはあまり知られていません。これらの移民たちは、アメリカ合衆国による27年間の沖縄統治時代、無国籍の時代を経て、1972年沖縄が本土復帰、台湾(中華民国)が国連を脱退した際、正式に日本国籍を取得するようになります。
沖縄の台湾人は戦後の中国語教育を受けていない為、話せるのは台湾語と日本語のみ。第二世代からは、二か国語を喋るというのは伝承し難く、現在の第三・四世代のほとんどの人々は日本語しか話せません。当然ながら、日本国内での排外と差別は存在し、純粋な沖縄人でもなく日本人でもなく、台湾人とも言いきれない彼らの複雑なアイデンティティーは、第二世代以降の人々にとって常につきまとう問題です。
沖縄の台湾人移住者の歴史は、八十年を超える長い遷移史ですが、残念ながら、このテーマを扱ったドキュメンタリー作品は多くはありません。2012年、松田 良孝氏の『八重山の台湾人』(2004年,南山舎)が中国語に翻訳され、正式に台湾でも出版されました。この本は、台湾移民四世代に渡る八十余年あまりの困難な移住史を詳しくまとめあげ、八重山台湾移民の存在を世に出すきっかけとなり、本作の足掛かりにもなっています。
本作は、この移住史を歴史的に扱おうとするのではなく、現在50~60歳代の第二世代と、第三・四世代の若者や子供たちの、アイデンティティーと未来を映画の重点として扱おうとする試みです。台湾人アイデンティティーを考えてもらうと共に、台湾人とは何か、日本人とは何か、そして本作をご覧になった方が改めて自身のアイデンティティーを考えるきっかけとなればと幸いです。